第18回:薬剤耐性菌とは
先日、油断して風邪を引いて受診したのですが、最近は、抗菌薬が処方されることが減ったことを改めて実感しました。この背景には、世界的に問題となっている薬剤耐性菌の拡大があります。現在、この菌が原因の死亡者数は、国内では毎年少なくとも8千人、世界では毎年70万人と報告されていますが、このまま何も対策を取らなければ、2050年には1千万人にまで増加すると予想されていて大変なことになっています1,2) 。
そこで、今回は薬剤耐性菌について取り上げます。
抗菌薬、抗生剤ってなに?
抗菌薬は、細菌を殺したり増殖を抑えたりする薬です。抗菌薬のうち、細菌や真菌などが作る抗菌活性の化学物質を薬にしたものを抗生剤や抗生物質と呼びます。
薬剤耐性菌とは?3)
抗菌薬に耐性(効きにくい、あるいは効かない性質)をもった細菌のことです(薬剤耐性は、細菌以外の微生物でも確認されていますが、本稿では細菌に絞っています)。また、複数の抗菌薬に耐性をもった細菌を多剤耐性菌と呼びます。薬剤耐性菌(以下、耐性菌)は、耐性化していない細菌と比べて病原性が強くなったわけではないため、単に保菌(感染症の病原体を保有しているが、発症していない)しているだけなら無症状で健康被害もないのですが、この細菌が感染症を引き起こすと、抗菌薬が効きにくく、治療が難しいという問題が生じます。
以下は、介護施設で注視されている主な耐性菌です。菌の名前から分かるとおり、誰の体にもいる黄色ブドウ球菌や大腸菌などが耐性化したものです。
介護施設で注視されている主な耐性菌
- MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)
- ESBL(基質特異性拡張型βラクタマーゼ)産生菌
- AmpC型βラクタマーゼ(AmpC)産生菌
- CRE(カルバペネム耐性腸内細菌目細菌)
- MDRP(多剤耐性緑膿菌)
- MDRA(多剤耐性アシネトバクター)
- VRE(バンコマイシン耐性腸球菌)
耐性菌はなぜ現れたのか?4,5)
耐性菌はもともと自然界に存在しますが、後天的に抗菌薬に対する耐性を獲得したものもいます。そもそも細菌は他の生物と同様に環境に適応する性質をもっていて、人、動物、農業分野など広く抗菌薬が使用される環境の中で、これに適応するために、自身の体へ抗菌薬に抵抗する新たな仕組みを身に付けるなどして、その勢力を拡大し、今や世界的な脅威になっています。
細菌の耐性化を促す抗菌薬の使用例を挙げてみると、
- ウイルス性の風邪に抗菌薬を使用する
- 広範囲の細菌に効く抗菌薬を多用する
- 抗菌薬を飲み忘れる、自身の判断で服用をやめるなどして、血液中の抗菌薬の濃度が低くなったり、細菌に対する抗菌薬への曝露時間が短くなったりする
等のケースがあり、細菌が耐性化しやすくなります。
耐性菌への対策は、現在どうなっている?6,7)
2015年、WHO(世界保健機関)は国際行動計画を策定しました。これを受け、日本政府は2016年に5か年の行動計画を策定し、抗菌薬の適正使用による使用量の削減などの対策を講じました。その結果、COVID-19の流行の影響があるのか、抗菌薬使用量の急激な減少がみられましたが、細菌に占める耐性菌の割合はあまり減っていません。対策を始めてから耐性菌が減少するまでに時間がかかる可能性があるため、今後数年の動向を注視する必要があります。2023年、日本政府は旧行動計画の内容を継承しつつ、より具体的な対応を盛り込んだ新行動計画「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(2023-2027)」を策定し、対策を継続しています。
私たちは何をすべき?
感染予防の観点3)
例えば介護施設は、免疫力が低下した大勢の高齢者が集団生活を送っていることから、感染症が広がりやすい環境です。入所者、従事者、来訪者を問わず、常に感染リスクを念頭に置き、感染対策を行うことが重要です。基本的な対処法を記載します。
- 耐性菌の主な感染ルートは接触感染です。ヒトからヒトの感染はもとより、環境中にも存在する場合があります。手指衛生や環境整備をはじめとする感染対策を徹底しましょう。
- 耐性菌には、アルコール等の通常用いられている消毒薬が有効です。
- 健康増進・免疫力強化で感染しにくい体づくりに努めましょう。
耐性菌の拡大防止の観点8)
耐性菌の拡大防止には、抗菌薬を処方された患者の服薬コンプライアンスが重要です。
- 医師や薬剤師の指示通り最後まで飲み切りましょう。
- ウイルスが原因の風邪には抗菌薬は効きません。医師が抗菌薬はいらないと判断したら、従いましょう。
- 以前使用して余った抗菌薬を、自身の判断で服用しない。また、他の人にあげたりもらったりするのはやめましょう。
最後に
耐性菌問題が深刻化する中、東欧諸国で100年にも渡る研究がなされてきたファージ療法(バクテリオファージを用いた細菌感染症の治療)が、日本をはじめ西側諸国で注目されています。バクテリオファージとは、バクテリア(細菌)をファージ(食べる)という意味で、細菌を殺す性質を持つウイルスのことです。先日、日本の大学からこのウイルスを含む美容液によるニキビの治療に関する臨床試験を始めるとの発表がありました9)。耐性菌に対する有効な治療法として、ファージ療法の進展に注目したいと思います。
主な参考文献:
1)Tsuzuki S et al. National trend of blood-stream infection attributable deaths caused by Staphylococcus aureus and Escherichia coli in Japan. Journal of Infection and Chemotherapy.2020;26(4):367-371.https://doi.org/10.1016/j.jiac.2019.10.017 :参照 2024.02.06
2)Jim O'Neill.Review on Antimicrobial Resistance. Tacking Drug-Resistant Infections Globally : Final report and recommendations.(2014).2016年. http://amr-review.org/sites/default/files/160525_Final%20paper_with%20cover.pdf:参照2024.02.06
3)平成30年度厚生労働省老人保健事業推進費等補助金 高齢者施設等における感染症対策に関する調査研究事業 高齢者介護施設における感染対策マニュアル 改定版 2019年.
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/ninchi/index_00003.html:参照2024.02.06
4)AMR臨床リファレンスセンター 薬剤耐性菌について「どのように耐性化するのか」.2017年9月.https://amr.ncgm.go.jp/general/1-2-1.html:参照2024.02.06
5)日本感染症学会.院内感染対策講習会Q&A Q72.https://www.kansensho.or.jp/sisetunai/kosyu/pdf/q072.pdf:参照2024.02.06
6)国際的に脅威となる感染症対策関係閣僚会議 薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン2016-2020. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/0000120769.pdf:参照2024.02.06
7)国際的に脅威となる感染症対策の強化のための国際連携等関係閣僚会議 薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン2023-2027.https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/ap_honbun.pdf:参照2024.02.06
8)AMR臨床リファレンスセンター Press Release 2021年2月9日「約20年で現場の医師が驚くほど日本の病院で頻発している薬剤耐性菌」 https://amr.ncgm.go.jp/pdf/20210209_press.pdf:参照2024.02.06
9)大阪公立大学ポータル 最新の研究成果.https://www.omu.ac.jp/info/research_news/entry-09898.html:参照2024.02.06
公開日:2024年3月14日