第15回:お祭りと感染症
新型コロナウイルス感染症は、この5月に法律上の扱いが季節性インフルエンザなどと同じ5類に変更となりました。世の中は新型コロナウイルス感染症流行前の生活を少しずつ取り戻しつつあり、今夏は各地でお祭りや花火大会が催されました。先日テレビ番組で、日本三大祭りの一つ、祇園祭(京都府)の起源を紹介していましたが、平安時代に各地で流行した疫病の退散祈願がその背景にあるそうで、天神祭り(大阪府)や隅田川花火大会(東京都)なども同様だそうです。確かに微生物学の父レーベンフック以前の時代では、目に見えないものが突然やって来て強烈な悪さをするわけですから、当時の人々は鬼神などが来たと恐れ、退散祈願のお祭りや花火が行われたのでしょう。
ここで興味深いのは、お祭りや花火大会が近代のみならず現代まで受け継がれていることです。現代では、感染症が流行している時にお祭りなどで人が集まると、やぶへびになると容易に想像することができますし、実際に、昨年ある地域でお祭りを開催し、新型コロナウイルス感染症の新規感染者が増えた旨の報道もありました1)。
それでは、感染リスクを冒しながら、なぜ現代でもお祭りなどを行うのでしょうか?この理由を探るため、お祭りなどによるプラスの効果について文献も参考にしながら考えてみたいと思います。まずは、神様や仏様のご利益により流行が収まる効果を挙げてみました。この効果の検証は難しいものの、薬でいうプラセボ効果のようなもの(神仏やお祭りが感染症に効果があると信じることによって、人の免疫が強化され感染しにくくなる効果)があるかもしれません。その他、感染症予防とは異なる観点になりますが、より大きなプラスの効果をもたらすと思われるものに、ワクワクイキイキ感の醸成2)、人の結びつきを強める効果2、3)、震災等による非日常を日常に戻してくれる効果3)、加えて伝統文化の継承2、4)、地域経済の活性化効果4)などが考えられます。このように、お祭りや花火大会には少なくとも社会の活力や人の結びつきを強める効果があるため、現代においても行われているものと考えられます。
さて、これまでの約3年間、「新しい生活様式」などに基づく窮屈な生活を余儀なくされてきましたが、今後もおそらく新型コロナウイルスに注意しながらの生活が必要となってくるでしょう。加えて、戦争や紛争、環境問題、貧困格差の拡大など、社会の行き詰まり感が増す中、人と人の絆を持ち、活気のある社会とするためにも、感染症とうまく付き合いながら、お祭りができるような社会にしていく必要があるのではないでしょうか。
それでは、感染症とうまく付き合うとは、どうすればよいのでしょうか?ここでは、我々個人がどうすべきかに焦点を当てて考えてみたいと思います。
近代から現代の感染症の歴史を振り返ってみると、例えば明治時代のコレラ流行時での身内患者の囲い込み、よそもの患者の排除や村人による医師・巡査襲撃事件5)、昭和52年有田市で発生したコレラ事件での風評被害や梅干しが特効薬等のデマ情報の流布と混乱5)、最近では、新型コロナウイルスの流行時、他県ナンバーの車の締め出しや医療従事者やその家族への差別や偏見が見受けられました。このように現代であっても、得体の知れない病原体であり、病原性が強ければ強いほど、恐怖と焦りから、人は往々にして自己中心的になり、過去の経験やデマなどの誤った情報などに振り回される傾向にあり、それが原因で感染拡大につながったり、感染対策や社会の活動の妨げになったりしたようです。このことから、個人が感染症とうまくやっていくための基本的な心得は、自身や近親者だけでなく、広く社会を構成する人々への配慮や、確かな情報の収集とこれに基づく冷静で理性のある行動に努めることが大切であると考えます。
新型コロナウイルス感染症の5類への移行に伴い、厚生労働省から以下の「基本的な感染対策の考え方と感染防止の5つの基本」が示されました。日常生活における基本的な感染対策について、改めて考えるとともに、正しい知識を身につけましょう。
一人ひとりの基本的な感染症対策の考え方
新型コロナウイルス感染症だけではなく、一般に感染症の流行が落ち着いている時期であっても、地域での感染症の流行状況に関心を持ち、自らを感染症から防ぎ、身近な人を守る、ひいては社会を感染症から守ることが重要です。以下の基本的な対策を一人一人が身に着けて「新たな健康習慣」を実践しましょう。
感染防止の5つの基本
- 体調不安や症状があるときは自宅療養や受診をしましょう
- 状況に応じてマスク着用や咳エチケット
- 密集・密接・密閉(三密)の回避
- 手洗いを日常の生活習慣に
- 適度な運動、食事などの生活習慣で健やかな暮らしを
出典:厚生労働省ポータルサイト「集まろう!通いの場 感染対策の考え方」より一部改変(参照:2023.08.16)
主な参考文献:
1)読売新聞オンライン“歴史的に疫病退散の祭りだったが…山あげ祭集団感染、自身も感染の市長「反省すべきは反省」:2022年8月3日: https://www.yomiuri.co.jp/national/20220803-OYT1T50067/ :2023年8月16日現在.
2)松永ら“祭礼活動の関与度と地域コミュニテイに関する意識の関連性-愛媛県四国中央市伊予三島地区を対象として-公益社団法人日本都市計画学会 都市計画論文集, 2020,Vol55,No.3.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/journalcpij/55/3/55_1047/_pdf :2023年8月16日現在
3)東大新聞オンライン 沖本幸子准教授へのインタビュー“コロナで変わった?「祭りの在り方」を問い
直す”2021年11月18日, https://www.todaishimbun.org/omatsuri_20211118/ :2023年8月16日現在
4)石田雄大“新たな祭りを利用した地域活性化” 香川大学 経済政策研究,2020,16号(通巻第17号)
https://www.ec.kagawa-u.ac.jp/~tetsuta/jeps/no16/ishida.pdf :2023年8月16日現在
5)奥武則(2020)“感染症と民衆 明治日本のコレラ体験” 株式会社平凡社